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2010年1月の記事

2010.01.13

ひとまず預けて考える>我家に合ったお墓の在り方。

昨2009年の今頃は、意識こそ回復したものの歩行も排泄も自力で行なえなくなった愚父について担当医がしきりに退院促し始め、ソシャルワーカー氏に助言を求め、各方面に問い合わせ繰り返しながら在宅介護受け入れに向けた準備に奔走していた。年末年始を病院で過ごした愚父の1年前を憐れみ、今年は年末〜正月/松の内ぐらい自宅で過ごさせてあげようと遺骨を保持していた次第。

そして、つい先日、年末に予約しておいた多磨霊園みたま堂という納骨堂に遺骨を預けてきた。都民が一時的に遺骨を預けられるようになっており、1年ごとの契約で最長で5回まで更新可能とのこと。遺族がじっくりお墓を探す上で、理にかなった制度だと思う。父方実家の墓があるので多磨霊園には幼少時から数えきれないほど訪れているものの、やはり昨年急逝した叔父の遺骨をここに預けている親族に教えてもらうまでは、みたま堂の詳細についてもこの制度についてもまったく知識がなかった。

愚父は三男坊なため、最初から実家の墓に入るという選択肢も発想もなかった上、本人も事あるごとに「海に撒いてくれ」などというほど、墓には執着心がなかった(てゆーか準備する気もなかった......さすが「金は生きてるうちに使うもんだ!」と生保加入すら拒み続けた失格家庭人らしい......呆)。で、遺された我々がどう考えるかというと、正直なところ一番重視したいのが「(身内に死後まで)迷惑かけたくない」というポイント。愚父同様、母も自分も可能なら“海に散骨こそ理想”ながら、実際は現行法制度上いろいろ問題山積らしい(NPO法人などがいろいろ始めてはいるけど...)ので、とにかく我々の死後も身内の誰かに手入れさせたり管理費払わせずに済むような墓を見つけられればと思う。妹夫婦には、死後の我々なんぞに無駄なお金や手間をかけることなく、姪と甥が幸せに人生を送れるよう全てを注ぎ込んでほしいと願うからに他ならない。それゆえ、敷地や墓石など形式や体裁にこだわるつもりは一切ないし、東京都が力を今後整備進めると先日新聞に取り上げられた「樹木葬」という手法にも大きな関心を寄せる。要は、人を偲ぶのに命日やカタチ・様式が重要なのではなく、いつ如何なるときも想う心こそ大切じゃないかと。資料集めと視察を重ねて、納得いく墓探しが出来たらいいな。頑張ろう(おっと、その前に故人の生前所得申告期限まであと半月だ。急げ〜@@)。

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2010.01.05

好曲[arrange]☆「Galvanize」The Chemical Brothers

天才集団ケミカル・ブラザーズの手にかかれば、いかなるサウンドでも自在に作り出せちゃうワケで、アルバム出すごとにいろんな音の引き出しが。中でも個人的に超ハマったまま現在に至るのが、5枚目のアルバム『PUSH THE BUTTON』('05)のリードトラックとして前年よりいち早くオンエアされて、世界中のラジオから流れまくった大ヒット曲Galvanize(ガルヴァナイズ)」。Q-Tip(ex : A Tribe Called Quest)のラップをフィーチャーしたこの曲の魅力は何といっても異国情緒漂うオリエンタルなメロディと、それを際立たせる緊張感に満ちたトラック。アンダーグラウンドな世界観で実に妖しく異様さタップリに魅せる秀逸なプロモーションビデオのお陰で一層イメージ増幅☆されたせいか↑発表当時から自分の耳に、脳裏に、驚くほど強烈な印象を残した大のお気に入りナンバーだったりする(お陰で?!アルバムじゃなくこの曲だけをiTunes Storeでお買い上げしてオシマイに^^;)。で、この曲をついつい聴きたくなるのが、サッカー日本代表と中東各国代表の試合前後なんだなぁ♪ 特にアウェイ戦の場合、ただでさえ敵地ということで緊張感増すところへ、中東特有の社会的/文化的背景や歴史、街並、人々の纏う衣服、鳴り響く楽器/音楽....といったものが醸しだす独特の雰囲気が加わった時、このケミカルの「Galvanize」がメチャメチャしっくりくるなと。TVの現地映像とか目にすると、頭の中であの印象的なメロディが勝手に浮かんできちゃうほど。『やべっちFC』『GET SPORTS』『S★1スパサカ』や各局スポーツニュースコーナー、あるいは試合中継導入部あたりで一度使ってみたらどう? きっとハマるって。

折しも明日はややフレッシュな顔ぶれの日本代表チームが、よりによって現在西側諸国から大きな注目を集めているイエメンの代表チームと、彼らのホームでアジアカップ予選を闘う。アジアサッカー連盟とイエメンサッカー協会が太鼓判を押して実施するからには断れないわけで@@ サウジアラビアやオマーンの南に位置する標高2,000mの高地で、1800人もの警備体制を信用しながら日本代表が最低でも勝ち点1を確保して予選通過決められるよう、2010年1月6日木曜22:15〜のスポナビWeb文字実況を遠く日本から目で追いつつ(TV中継ないんだよねぇ、今回@@ 安全上の問題もお金の問題も?)若き日本人選手達の健闘を祈りたい。頑張れ、ニッポン☆☆☆(東京サポ的にはボランチ米本/FW平山/GK権田がそのまま代表定着できるような大活躍見せてくれたら最高♪ 代表ボランチを遠藤&米本にできれば期待の長谷部を右サイドバックで起用する攻守強化策可能に?!)ふぅ〜、また「Galvanize」がエンドレスで頭の中に流れ出した〜〜^^;

もっとも、米英国主体の情報統制に我々も洗脳されてるだけで
愚かさ増す一方の日本マスコミ各社が過剰に“危険な国”ってイメージ煽ってる可能性も。
サマワの時と同じで、自分達は現地で取材することなく、
フリーランスの人に頼っちゃおうというお手軽安全取材で@@
(「自衛隊の居るところが非戦闘地域だ!」とかふざけてた元首相もいたっけ)
試合のみならず現地の真の様子伝えてくれるライター宇都宮徹壱氏にもエール送らねばっ☆

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2010.01.04

越年。

健康だけが唯一の取り柄なんだけど、意外にも敏感肌というか皮膚がケッコー弱い@@(おまけに手/指の皮薄くて熱い器とか素手じゃ絶対持てない......ツラの皮はどうなんだか^^;) 腕時計のバンドがウレタン系だと手首が見事帯状にかぶれちゃうんで、悲しいかなG-shockは未だ購入歴ゼロ(本体/バンドとも金属のみで出来てるヤツをいずれ...♪)。救いは愛しきiPod nano君のイヤフォンで、意外と大丈夫☆ メーカー/材質によっては耳の中や周辺が大変な事になっちゃうんだけど。まぁ、そんな体質とも気がつけば長〜い付き合いなので、危険なモノは身につけないよう事前に回避して難を逃れている今日この頃。ところが......この年末年始、突然首の前後がガッツリかぶれというか発疹に見舞われてしまい、なかなか全快に至らず延々と格闘中。最初は首と背中の境目というか洋服のタグが当たる辺りに症状現れたんで軟膏塗って対処したんだけど、かゆみがおさまらないまま気がつけば首前方の一帯にも広がり、我慢大会よろしく耐える、耐える、ただただ耐える。それでも首周辺こすれないよう襟元伸びたTシャツやゆったりめのパーカー着るなどして対処。軟膏も3種類試し、悪化させた2種類目を止めたあとからはかなり回復。なので元旦夜にはかゆみ止め軟膏ではなく、しばらく使用控えていたバンテリン(慢性肩凝り野郎には必需品☆)をMac作業でガチガチになっていた首・肩に久々塗布(鎖骨の辺りに塗り込むとケッコー効く♪)したところ......翌日再び首後方の広範囲にドバーっと発疹現れ、猛烈なかゆみ再発(++) 両耳の後ろ辺りまで似たよーな事態になり、また軟膏頼みの日々へ逆戻り。もっと大変なアトピーの症状と長年闘い続けている旧友の辛さ&苦悩を思えば、この程度のことは勿論我慢出来るし文句言ってる場合じゃないんだけど、未熟者ゆえナニブン修行が足りなくって......うーん、突然症状現れた原因はなんなんだ?! こりゃ愚父後始末の諸問題やワガママぶりに拍車かかってきた愚妹に対するストレスか(爆)それとも単なる老衰か。せめて春の花粉が猛威ふるうまで穏やかに過ごしたいんだけど(去年は黄砂も酷かった...今冬はもう飛んでるって話も先日@@).........まったくもって情けないorz

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デリカシーも常識も持ち合わせない、見知らぬ愚かな他人の話。

つい先日の朝。愚父のおそらく最後の愛人と思われる女性から「せめて線香あげにお宅へうかがいたい」という、新年早々あまりにも非常識かつ挑発的な電話があった。さすが、恥も外聞もなく毎年堂々賀状よこしてただけのことはある(呆)。わざわざ喪中ハガキ出してやらなかったのに。ひょっとしたら、故人との過去が我々にバレているというお粗末な状況を彼女は知らないのだろーか。いっそ晩年の身勝手さ極まる自堕落糖尿病生活と寝たきり介護を押し付けてやればよかった......もっとも面倒看るどころか、あまりのわがままぶりと情けなさを目の当たりにして即座に放りだしただろーけど。この女性にしても、遺品の中に残っていた手紙の主にしても、ことごとく非常識な相手とばかり接点持ち続けた愚父は、まったくもって相手の愛人ども以上に許し難い大馬鹿者だ。追悼する気などさらさらない。怒りを胸にしまい、冷静に丁重に訪問断った家人の心中を思うと、実に悔しい。

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